100億円の資金調達を実現した若きCFOの挑戦
クラウド人事労務ソフトを手掛けるSmartHR(スマートHR、東京・港)は7月、100億円の大型資金調達を発表した。この資金調達を取りまとめたのが、楽天グループ出身の森雄志CFO(30歳)だ。
楽天で培った国際感覚と投資家への熱量
新卒で入社した楽天グループでは、投資家向け広報(IR)やM&A(合併・買収)を担当した。社内の公用語は英語で、上司は英国人、交渉相手の多くは海外投資家という国際的な環境で経験を積んだ。
特に印象的だったのは、携帯電話事業参入のために2018年末に実施した1,820億円の劣後債発行に向けたIR活動だ。当時の楽天はネットサービスが主力で、インフラ領域への参入は高リスクと見られていた。しかし、創業者の三木谷浩史氏は「モバイル業界のゲームチェンジャーになる」と熱意を持って投資家に訴えた。
森氏が作成した投資家向けプレゼンテーション資料に対し、発表直前に三木谷氏から修正指示が入ることも日常茶飯事だった。「最後の最後まで投資家へのメッセージにこだわるすごみを感じた」と森氏は語る。
スマートHRでの新たな挑戦と組織づくり
楽天での経験から、森氏は「経営者と同じ熱量で語れないと投資家は信じてくれない」と学んだ。その後、楽天時代の先輩であるスマートHRの倉橋隆文COOから「海外から資金調達をするので手伝ってほしい」と誘われ、2020年に入社した。
入社後は当時のCFOである玉木諒氏とともに海外機関投資家を開拓し、2021年には156億円の資金調達を実現。その実力が認められ、2023年10月にCFOに就任した。
海外投資家からの厳しい質問と成長戦略の磨き上げ
就任後の大仕事となったのが、2024年7月に発表した100億円の資金調達だ。前回の調達時と比べ、資金調達環境は悪化し、人事・労務領域の競合も増加していた。「5〜10年後にさらに競争が激しくなる中、スマートHRがどうすれば勝てるのか」という問題意識のもと、2023年11月から社内で戦略づくりを開始した。
2024年春、北米のグローバル機関投資家との対話では、「費用の効率性はもっと改善できるのでは」「新規顧客の開拓だけでなく、既存顧客に新製品を提案し売上を増やせる組織をつくれているか」といった厳しい質問が相次いだ。楽天での経験を活かし、海外の競合と経営指標を比較して自社の強みや弱みを徹底分析。結果、米KKRなどから100億円の資金調達を成功させた。
ユニコーン企業から企業価値1兆円へ、未来へのビジョン
2013年創業のスマートHRは、2024年3月時点で従業員数約1,100人、年間経常収益(ARR)150億円超と成長を続けている。経営陣の世代交代も進み、創業者の宮田昇始氏は2022年1月にCEOを退任。現在はエンジニア出身で36歳の芹沢雅人CEOがリーダーシップを発揮している。
三木谷浩史氏をベンチマークに、更なる高みを目指す
30歳という若さでユニコーン企業のCFOを務めるのは異例だが、森氏は「より長い時間軸で経営にコミットし、大きな企業をつくれる」と語る。「30歳で起業し、1兆円企業になっても野心的な目標を掲げ、優秀な人材を集めている」三木谷氏を自身のベンチマークに据え、右腕として芹沢氏を支えつつ、何かあれば一つ上のポジションをいつでも担える覚悟で日々業務に取り組んでいる。
森雄志(もり・ゆうじ)
2016年に早大政経卒、楽天(現楽天グループ)入社。ファイナンス・IR部門に配属され、投資家向け広報やM&Aを担当。20年にSmartHRに入社し、海外からの資金調達を担う。23年10月に取締役CFO。大分県出身。